今後、詳細な結果については学会や論文で発表していくという。 国内の研究でもネガティブデータ(効果がなかったとするデータ)が公表されたことによって、イベルメクチンの自由診療での処方や個人輸入での使用の意義は改めて、完全に否定された形だ。

有効性を唱える説が拡散 健康被害も

イベルメクチンは、2015 年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智・北里大学特別栄誉教授らが発見した抗寄生虫薬。リンパ系フィラリア症、糞線虫症、疥癬など寄生虫感染症の治療薬として世界中で使われている。 このイベルメクチンが、人体ではなく細胞を使用した試験管内の実験ではウイルスが増殖することを抑える効果があったと報告されたことから、人に対する効果が証明されないうちから、「効果がある」とする言説が世界中で拡散された。 この問題に対して、米国・FDA(食品医薬品局)は昨年3月、新型コロナの治療と予防にイベルメクチンを使用しないよう警鐘を鳴らし、欧州・EMAも「臨床試験以外での新型コロナ予防・治療を目的としたイベルメクチンの使用を控えるべき」と勧告。 WHOも同様に、有効性のエビデンスは決定的ではないとして、臨床試験でだけ使用するよう求めていた。 予防薬や治療薬として実際に使う人も現れ、アメリカでは、馬や牛などの動物用のイベルメクチンを使って、健康被害が現れ、入院する人も相次いだ。 こうした動きを受けて、米国・FDAは昨年8月「あなたは馬でもなければ牛でもない。やめてください」と異例の注意喚起のツイートをしたほどだ。 当初は有効性を主張するものも多かったが、試験結果に不備がみられたり、研究不正があったりしたこともあり、有効であると結論づける研究はほぼない状況となっていった。 昨年からは効果がみられなかったとの研究が相次ぎ、大規模な試験でも効果は否定的とする報告も出ていた。 一方、日本政府や行政、医学界も日本発の薬であるイベルメクチンのコロナ適用については、前のめりな姿勢を見せてきた。 イベルメクチンを発見した大村博士も、コロナ治療に期待を寄せる発言を繰り返し、北里大学で治験も始まっていた。 世界中で効果について否定的な報告が相次ぐ中、厚労省の新型コロナ対策本部戦略班(治療薬担当)によると、国はこの治験に「治療薬の実用化のための支援事業」として今年3月14日に8億1232万円、4月22日には緊急追加支援分として52億5155万円を出している。 この公費投入の決定について、厚労省結核感染症科のパンデミック対策推進室長は、以下のように話し、適正な支出であるという認識を示した。 「治療薬の実用化のための支援事業は、評価委員会の先生方にご審議いただいて、必要だという判断の上で出している。海外のメタアナリシスなどでネガティブなデータが出ているのは知っているが、効果があるという論文も出ているので、治験をやるに値すると判断したと認識している」 また、東京都医師会の尾崎治夫会長も強く特例承認を求める声をあげていた。 河村たかし・名古屋市長は今年6月の記者会見で、イベルメクチンについて、 「アメリカの救急医療学会のとこのレポートに出ておりますが、あれ英語だったもんでちょっとあれですけど。治療薬とすると、やっぱりイベルメクチンが一番効いたんではないかと、たしかね、いうレポートがアメリカの緊急医療学会からは出されておりますんで」 と間違った評価を語り、実質、訂正する事態も起きていた。

厳格な方法で検証 有効性は見出せず

興和は2021年11月、軽症の新型コロナウイルス感染症の患者1030人を対象として、イベルメクチンの新型コロナ感染症への効果を検証する国際共同の治験を実施。試験はオミクロンが流行の主体となった時期に行われた。 イベルメクチンを投与するグループと、プラセボ(偽薬)を投与するグループに無作為に振り分け(ランダム化比較試験)、薬を投与する医師も患者もそれがイベルメクチンであるかどうかわからない「二重盲検」という厳格な方法で、効果を検証した。 興和は9月26日、最終結果である第3相試験の結果を公表。 投与開始から168時間までの症状が改善傾向に至るまでの時間を主要評価項目として、偽薬と比較した結果、統計的に意味のある差をもって有効性を見出すことができなかった、と報告した。 同社は引き続き、データ解析を進め、イベルメクチンの可能性についてさらに確認するとしているが、コロナ治療薬として使われる見込みはほぼなくなった。 ちなみに北里大学での治験は昨年終了しているが、まだ結果は公表されていない。

医師や研究者らは評価の声と疑問を投げかける声

この結果を興和株式会社が自社のウェブサイトなどで公表すると、SNSでは新型コロナウイルスに関係する医師や研究者らから、さまざまな声が相次いだ。 「きちんと発表してくれてありがとうございます」「ポジティブデータが出なくてもこれで救われる命がまたあります。市民が迷わなくて済むようになります」とネガティブデータの公表を評価する声もある。 「2021年には新型コロナに対するイベルメクチンの効果はほぼ否定されている状況がありました。もし効果があるとしてもかなり限定的、というのが多くの普通の医者の認識でした。何故そのような中、興和に53億円が追加で投入されたのか、ここは検証されるべきでしょう」(安川康介・米国内科専門医) 「今回の治験では、『イベルメクチン内服により、COVID-19の症状改善が早くなること』は示されなかったようです」 「詳細な内容については論文の公表を待ちたいと思いますが、過去の質の高いメタアナリシス(複数の研究結果を統合して解析した研究)等によりCOVID-19に対するイベルメクチンの有効性が否定的であることがほぼ明らかな中で、今回の治験は『薬の真価』が反映された成功例と考えてよいでしょう」 「たとえ結果的に『新薬の誕生』とならなかったとしても、このような科学的に確からしい結果を早急に社会に発信することも大切な社会貢献であり、治験に参加された方をはじめとする関係者全体への責任でもあります」 「唯一、薬の有効性が示されなかった臨床試験の結果を公表すらできないとき、それはまさに研究者・研究機関としての『敗北』といってよいのかもしれません」

                                                      - 24                                                      - 97                                                      - 97                                                      - 68                                                      - 89                                                      - 5                                                      - 11